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大阪地方裁判所 平成2年(わ)128号 判決 1991年3月29日

主文

被告人を懲役一年一〇月及び罰金六〇〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市平野区<住所略>に事務所を置き、「○○容器」の屋号で医薬品容器等販売業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、

第一  昭和六〇年分の実際総所得金額が五一八八万三九三三円あった(別紙修正損益計算書(一)参照)のにかかわらず、架空仕入れを計上するなどの方法により所得の一部を秘匿した上、昭和六一年三月一一日、大阪市平野区<住所略>所在の所轄東住吉税務署において、同税務署長に対し、昭和六〇年分の総所得金額が六六五万五四三三円で、これに対する所得税額が八七万九七〇〇円(ただし、申告書では計算誤りにより八三万三七五〇円と記載したもの。)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二四五三万二九〇〇円と右申告税額との差額二三六五万三二〇〇円(別紙税額計算書参照)を免れた

第二  昭和六一年分の実際総所得金額が一億八九二四万二九六三円あった(別紙修正損益計算書(二)参照)のにかかわらず、前同様の方法のほか、株式の継続的取引による所得の全部を除外するなどの方法により所得の一部を秘匿した上、昭和六二年三月一六日、前記東住吉税務署において、同税務署長に対し、昭和六一年分の総所得金額が六九六万九〇二六円で、これに対する所得税額が九三万六〇〇〇円(ただし、申告書では計算誤りにより九〇万二〇〇円と記載したもの。)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一億一九〇二万五六〇〇円と右申告税額との差額一億一八〇八万九六〇〇円(別紙税額計算書参照)を免れた

第三  昭和六二年分の実際総所得金額が二億二九二二万九一七一円あった(別紙修正損益計算書(三)参照)のにかかわらず、第二記載の方法により所得の一部を秘匿した上、昭和六三年三月一一日、前記東住吉税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が九〇一万一二一六円で、これに対する所得税額が一三三万三五〇〇円(ただし、申告書では計算誤りにより一二八万一〇〇〇円と記載したもの。)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一億二八九六万七〇〇円と右申告税額との差額一億二七六二万七二〇〇円(別紙税額計算書参照)を免れた

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(争点に対する判断)

一  弁護人は、被告人にはほ脱の意思がなく、その行為は偽りその他不正の行為に該当しないと主張する。しかし、前掲証拠によれば、被告人は、事業所得について、昭和六〇年分では××化成工業からの三七〇〇万円余りの架空の仕入れを計上し、昭和六一年・六二年分でも○○容器金属工業からの仕入れを約四〇〇〇万円ずつ水増し計上したものである。また、株式取引による雑所得についても、売買回数を分散させるために、昭和五二年ころから昭和六三年末ころまで福地和雄なる架空名義の口座を証券会社に設定し、本名によるほか、この仮名口座を使用して株式取引をしている。被告人は、このように真実の事業所得及び雑所得を秘匿する行為をした上、所得金額が過少であることを認識しながら、所得税確定申告書を税務署長に提出したものであるから、被告人にほ脱の意思があり、その行為が所得税法二三八条一項にいう「偽りその他不正の行為」に該当することは明らかである。

二 弁護人は、さらに、被告人の株式取引は医薬品容器等販売業と同様に事業活動であるから、昭和六〇年分の有価証券の売買損失六四五三万六四一八円(別紙修正損益計算書(一)勘定科目「雑所得調整勘定」参照)は、事業活動によって生じた損失として事業所得から控除すべきであると主張する。そこで検討すると、前掲証拠によれば、被告人は、昭和四〇年ころから「○○容器」の屋号で輸液用ガラス瓶のキャップ等の医薬品容器等販売業を行っていたが、本件当時は、株式会社ミドリ十字を主たる販売先とし、同社から電話等で注文を受けると、運送会社等に委託して下請けメーカーから製品を受け取って納品していたこと、このような取引形態であるため、昭和六一年一月までは運転手一名を、その後は検品に従事するパートタイムの従業員を雇用したにすぎず、事業用の物的施設も多く有しているわけではないが、多年にわたり高額かつ安定した収益をあげていたこと、他方、被告人は、個人資産を運用する手段として昭和五〇年ころから山一証券京橋支店(後に大阪支店に吸収)を通じて株式取引をするようになり、昭和五二年ころ以降、本名によるほか、仮名の口座を使用して同支店で現物・信用の取引をしていたこと、また、自己及び家族の生活費を医薬品容器等販売業による収益から支出する一方、株式の売買による運用益を新たな株式取引の原資に充当し、証券会社の担当者の助言や新聞、テレビ等から得た情報を参考として株式取引をしていたことを認めることができる。以上の事実によれば、被告人は、医薬品容器等販売業を自己及び家族の生計を維持するための本業とし、この本業により安定した収入を確保しながら、その傍らで株式取引を行っていたものである。さらに、前掲証拠によれば、被告人は、株式取引のために人を雇用したり、物的設備を整えたこともなく、情報収集のために格別の経費を支出したり、調査のための特別な機構を持つものでもない。そして、本件まで株式取引による収益を所得として申告したことはなく、もとより所得税法二二九条による事業開始届も提出していない。そうすると、被告人の行った株式取引の実質は、その主観的な意図は別として、証券会社のごく一般の個人投資家の取引と何ら異なるものではないということができる。本業である医薬品容器等販売業にそれほどの人的物的設備を要しないことが、このような被告人の株式取引の性質を左右するものでないことは多言を要しない。なるほど、被告人は営利を目的として継続的に株式取引を行い、その株式取引高も相当高額に達し、昭和六一年・六二年では株式による所得が本業による所得を大幅に上回っている。しかし、株式取引、とくに被告人が昭和六一・六二年に多額の利益を獲得した信用取引は、短期間における株価の変動を利用して売買差益を獲得する仕組みのものであって、きわめて投機性が高く、一時的に多額の収益を得ることがあるとしても、長期的に相当程度に安定した収益を得る可能性は乏しいといわざるを得ない。以上のような被告人が行った株式取引の実態や信用取引の投機性からすれば、本件株式取引は、社会通念に照らして事業ということができず、所得税法施行令六三条一二号の「対価を得て継続的に行なう事業」には該当しない。したがって、その所得は雑所得と認めるほかなく、有価証券売買損失を事業所得から控除すべきであるとする弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)<省略>

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官三好幹夫)

別紙<省略>

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